しずく   鮮やかな黒



 「黒は光を吸収するから夏は着ない方がいいよ」と幼い頃彼が教えてくれた。わたしは信じず、春夏秋冬関係なく好きな黒の服を身にまとっていた。
 母はそんなわたしに、ピンクやオレンジのかわいらしい服を着せたがった。抵抗はなかったが、彼のアドバイスがわたしをムキにさせた。
 いまは、違う。適当な色の服を着て、そこら中のひとたちに混じって浮きもせず普通を呈して過ごしている。
 彼に、恋人ができた。黒髪に黒い瞳、黒い服がよく似合う。それだけを聞けば、暗そうなイメージがひたすら湧いてくるが、実際は淡いピンクの声で太陽みたくオレンジに笑う。彼女はたくさんの色で彼を魅力する。
 わたしはつまらない色ばかりに紛れて、肌以外の自分の色を持てないでいるのに。
 唯一の黒はもう着られない。彼女に奪われてしまった。わたしに似合うのは雑色かなあ。なんの色でもないぐちゃぐちゃの色。
 だけど、もう一度チャンスが欲しい。
「ねえ、わたしは何色が似合うかな?」
「似合わない色がむしろあるの?」
 そうじゃない、お世辞は入らない。お願いだから、困ったように笑わないで。
「また、彩子の黒が見たいなあ」
「黒は……彼女の色でしょう?」
 彼女? ああ、彼女ね。って顔をし、それからきょとんとして、
「黒は、彩子の色だ」
 彼は、言ってのけた。
 黒が、わたしの光だなんて、皮肉じゃないか。彼に気付かれないように、わたしはそっと笑った。


おわり