しずく   ポール




 ついさっきまでは、杉の木を見てあれが自分の一部、いや自分があれの一部になるのかと考えてはみるものの、実際には確かな感覚には至らなかったのを懐かしく思い出す。
 今日は、なんとゆうか、呆け面的呆け空だ。軽々しい水色にめちゃくちゃに塗りたくった白い雲がそうさせている。
 たしか昨日もこんなおだやかな間抜けた天気で、涙する両親の肩を抱いてまるでひとごとのように慰めていた。「泣くなよ、ひとが死ぬわけでもあるまいし」と、冗談だってかましてみせた。
 ああ、それからミワも泣いていた。
 最後の晩餐、なんてね、言ってみたかったんだ。母さんは僕の大好物ばかり作ってくれた。カボチャのグラタン、ハーブで燻したマスタードの効いた味噌チキン、それからコーンの塩スープ、あとは、なんだっけな、とにかくいっぱいだ。僕は、それで、あずきのオレンジ煮のカスを口端に付けていることも気付かずにミワへ会いに行ったんだ。
 家を出て、鼻歌と共にスキップをしようと手を振り上げたとき、すすり泣く声が聞こえて振り向いた。ボムおばさんだった。なにか僕に言おうとするけど、嗚咽に潰されて「ああ゛ぅっ、えっぐ……」とかもう本当に大変そうだったもんで、僕はとりあえずボムおばさんに歩み寄って抱きしめた。号泣するファンのおばさんを抱きしめるダミ・カワシマばりにカッコつけてね。「ナカナイデ?」カタコトもなかなかだ。そのままスターさながらに手を振ってボムおばさんのもとをあとにした。
 ボムおばさんは、とってもいいひとだ。小さいころから僕をかわいがってくれて、母さんに内緒でよくお菓子をくれたりもした。
 ボムおばさんとの密事を思い出していると、やがて、すっかり暗くなった河川敷に佇むミワを見つけた。満腹になった腹をさすりながら走り出す。
 ミワは僕を見るなり、ばかね、と笑って僕の口端に付いたあずきの皮を取り、川に指ではじき捨てた。
 月に照らされた水のうねりが奇妙なほどに僕の心に染み込む。
 小さい頃からよく遊んでいたここには、もう来れなくなる。わからなかった、理解はしていてもやはり実感として僕の心に湧き上がることはなかった。ましてや、ミワに会えなくなるなんて。考えるのもばかばかしいくらい僕にとってうさんくさい現実なんだ。
 しばらく見入ったあと、ミワに目をやると、彼女は音もなく泣いていた。なんでかなあ、なんでみんな泣くのかなあ、と瞬間思ったけれど、それを訊ねることはあまりにも不謹慎で愚かなことだとわかっていたから無言で抱きしめた。泣いたら抱きしめる、バカの一つ覚えみたいだな。
 ミワは、ボムおばさんは、両親は、僕があした死ぬことを嘆いているんだ。
 悲しいさ。でもよくわからない。例えるなら、もうひとり僕がいて、それはあくまで僕で、死ぬのも僕だけど、僕じゃない。本当に僕じゃないんだ。だってそうだろ? 殺されるやつが心からの冗談を言えるか? たらふく飯を食うか? 悲しむ大事なひとたちを抱きしめながら、ちっとも胸を痛めないのか?
 心ごと麻痺したんだ。いっそレリーフみたいに叩きつけてでも、僕の胸に事実を浮き上がらせてほしい。あれ、こうゆうときは、葛飾北斎みたいに彫り込んで刻み込んでくれ? どこまでも僕は、阿呆なんだな。
 そもそもどうして死ぬんだっけなあ。ああ、そうだ。こっそり城を抜け出していた皇子とは知らずに、愚民風情の僕が遊んでしまったからだっけなあ。口の臭いガキの面倒を見て、こっちは報酬にプラスして慰謝料も欲しいくらいだってのに、世も末、そして僕も末。今日はすごい冴えてるな、冗談のキレがいい。死ぬ間際に元気になる。ってゆうあれかなあ。しかし僕は別に病床に伏していたんじゃなくて、あした突然理不尽に死ぬわけだけど。まあ、現象としては同じようなもんでいいか。
 するどく尖らせた杉の木に一本刺し? なんじゃそりゃあ。僕はやきとりでも団子でも、はたまた鮎でもないってのに。王様は、串刺し公に憧れているんだ。ああ、ばかばかしい。ばかばかしいばかばかしい。
 なんで僕が死ななきゃならないんだ。どうしてこんな気持ちいい晴れの日に、やさしくそよぐ風を吸い込みながら死ななきゃならないんだ。
 いまさら死を実感している自分に嫌気がさす。遅いよ。せめて昨日にしてくれよ。ああ、父さんも母さんもボムおばさんも、そしてミワも僕がこうして死ぬざまを見ているのか。公開処刑に沸き立つ大観衆の中を見渡して探す気力もない。
 とびっきりおいしいよって母さんに言えば良かった、それからずっとなにか足りないって思ってたんだよ父さん、なあ、昨日一緒に魚釣りに行って、母さんにニシンの粕焼きを作ってもらえば良かった、ボムおばさん、ボムおばさんはとりあえずいい、そしてミワ。愛してる、いや違うな、愛して、た。から、お前はどっかのだれかと結婚しろよ……って、あ。
 後悔することさえも遅くてできない、そんなことがあるのか。
 すでに見せ物として地面に立てられた僕は、太陽の眩しさに目を瞑った。


おわり





絵のない絵本的童話を書きたかったので、
このような「おはなし」とゆうページを設けました^^
最初がこんな話ですみません・・・。
とゆうか料理まずそう(笑)