しずく   るんたった




 るんたった。彼女は水の使いのように潤った声で歌う。その透き通る美しさは彼女そのものを間違いなく表している。飾り立てのない、無垢の麗しさ。
 僕に彼女への恋心は、ない。あるとすれば、敵対心だろうか。
 彼女の嘘のない目は、世界史を巧みに話す彼女へと向けられている。もちろん、と言ってもいいのだろうか。彼女は、恋心を持ってして先生を見ている。僕と、同じ。それに気づいたのは、彼女と隣の席になってからだった。時々口ずさむメロディーに心地よさを覚えた頃だ。その声が一際美しくなるのは、決まって先生の授業が始まる前。輝かんばかりの視線の先には先生がいた。
 わかり易すぎる。しかし、それは彼女だけに言えたことではないかもしれない。なぜなら、彼女がたまに僕の方を確認するからだ。先生に見とれて情けないだろう僕の顔を。だけど彼女も僕と同じなら恥ずかしいことはない。チャイムが鳴り、愛しの先生が去ったなら彼女に話しかけてみよう。話しかけて、打ち明けて、どうするわけでもどうなるわけでもないが、互いに隠しているよりはいいような気がした。
 彼女はどんな反応をするだろう。「やっぱりあなたも?」と言うだろうか、それとも「そうだったのか」とはじめて僕の気持ちを知るだろうか。
 考えているうちにチャイムが鳴る。先生の授業に、先生ではない女のことを考えるなんて、あってはいけないことなのに。先生は廊下に消える様を物惜しげに見送る。……まあ、いい。気を取り直して、だ。
「あの、金子さん?」
 妙な緊張が、水滴になって僕の額に滲む。
「なあに?」
 心なしか、彼女の声もぴんと伸びている気がした。
「金子さんも気づいてると思う……ってか、同じだと思うんだけど……」
 向かい合っているのにも関わらず、互いは目を合わせない。これでは、まるで告白だ。いや、ある意味でそうなのだけれど。
「金子さんさ、俺――」
 「俺と同じで、佐川先生が好きなんだろ?」と続ける、つもりだった。あくまでも、“つもり”で、彼女は僕の話を遮って話し出した。
「林野くんも……?」
 「うん」と返事をしながら、なにこの子は目をキラキラとさせて、と思った。相変わらず、きれいな声だ、とも。
「うれしい! わたし……ずっと林野くんが好きだったんだもん」
 「は?」声には出さなかったが、心では確かにそう吐き出していた。うそだろう?
「林野くんも……だったんだ」
 頬を染めて彼女は斜め下を見つめた。そこには掃除当番が掃き残したほこりしかなかったが、彼女はほこりではないなにかを目に映している。
 「違う」と、口を開きかけたとき、彼女は例のメロディーを一つ空気に流した。刹那、どうでもよくなる。
 いや、だめだろ。
 とにかく、誤解であることを告げなければとひたすら目を泳がせていると、彼女が突然顔を上げた。かと思えば、彼女は先ほどと変わらないキラキラした光を放つ目で話し始めた。それはまるで、小鳥がさえずっているようで。
「わたしずっと林野くんが気になっててね。隣になれてすごくうれしくて、世界史の時間にするぼうっとした顔が特に好きだったの。誰を見てるのかなあ、と思えば先生で……」
 ああ、わかった。やっと合点がついた。彼女が世界史の前に歌う声が増して美しくなるのも、何度も僕の顔を窺う理由も。そして、彼女は僕の目に映る先生を見ていたのだ。先生に転写した、僕を見ていたのだ。
「林野くん……?」
 彼女は不安げな顔になる。次々に回る彼女の表情に、僕は微笑みを覚えた。
「これから、よろしくね。金子さん」
 澄んだ歌声と、僕の言動で一喜一憂する彼女がこれからは僕のもの。と考えると、なんだか僕は歌いたくなった。


おわり





たまたま気が向いて検索したら、
前に書いていたサイトの本文がネットに残ってたので修正して載せました〜。
恋愛ものが書きたくてはじめたサイトでしたが、
だんだん歯車が狂い出したのでやめました・・・(笑)
何作か抜粋して載せてゆくつもりなので、
おかしくなるまで(笑)ちょっとお付き合いお願いします^^