エスパーレッド
彼は憎たらしいほどにさわやかな笑顔で手を振っている。
わたしは泣いた。
***
エスパーごっこと称して、退屈な時間、いまのような講義中に脳内でだれかに話しかけている。
高校時代から始めたこの遊びのきっかけは、わたしがだれにも負けないと自負する妄想だ。日課の妄想に、ある日突然危機を感じた。この教室のだれかがエスパーで、わたしが脳内で繰り広げている、いかがわしい、例えば前に座っているK君とT君がだれもいない教室でピー! をしていたら興奮しちゃうー! とか、超絶イケメンのR君に告白されたらどうしよう! だとかのとても身勝手な妄想を透視して鼻でせせら笑っていたとしたらわたしは消えてなくなりたい。そこでわたしは考えた。
『聞いているそこのあなた、わたしの考えを見破っていることは知っているのよ!』
くだらない、冗談めかして脳内でだれかに語りかける。無論、表向きは真面目な顔で講義を受けながらだ。
言ってしまえばエスパーごっことゆうより、妄想のごまかし、いいわけだ。
わたしは今日も、妄想に適したドイツ語の講義を受けながら、存在しない彼氏(顔はR君)とのデートプランを立てていた。ハッとして、一度咳払いをしてからいつも通り電波(仮)を飛ばす。嘘っぱちの超能力を送る。
『わたしの頭ん中を覗いたあなた、知ってるのよ。うそじゃないわ。とにもかくにも、わたしの声が聞こえてるってんならわたしの方に振り向いてみなさい。わたしは一番後ろの一番右に座ってるから』
いつもなら言わない挑戦的な言葉を発す。わたしもなかなかユニークなやつだ。
だれも振り向かないのを知りながら階段教室の一番後ろの一番右とゆう、自分は教室にいる生徒を見渡せ、相手からもわかりやすい絶好の席に座っている自分を褒めた。
頬杖をついて、青ヒゲがここからでもわかるおじさん教授を眺める。この講義のテストは辞書持ち込みOKで、単位をもらえないひとはいないと有名だ。だからわたしは安心して聞き流すことができるのだ。とゆうか耳に入れてさえいないのだけれど。
ふと、視界でちらつく赤いものに気がつく。
いやな予感がして、気付かないふりをしつつ教授の唯一の長所であるきれいな尻を見ることに集中する。年齢の割りに垂れていない引き締まったお尻。しかし、その赤は何度も何度もこちらを見ては横揺れを繰り返してわたしの視界に割り込んでくる。
おでこに滲む汗を感じる、背中に冷や汗らしきものが流れる、頬杖をついている右手がガタガタと震える、視界が揺らぐ。
賭けに、出た。
『赤いあんた、もしあんたがあんただってんならこっちに向かって大きく咳払いしてちょうだい』
わたしは焦っている。だって、だって、だ。もし、これが本当なら、いままでの妄想を全部知られていることになる。しかも、自分の居場所を知らせなければバレなかったかもしれないのに、わたしは墓穴を掘ったのだ。
手の汗が尋常でない。
瞬間、朦朧とするわたしの意識を叩き起こすかのように耳をつんざくほどの咳払いが聞こえた。
反射的にその発信源へ目をやると、先ほどの赤があった。いや、正確には赤のTシャツを着たR君がいた。
ああぁあああああああああああ、あ、あ……。
彼は、憎たらしいほどにさわやかな笑顔で手を振っている。
おわり