しずく   スウィート・ラヴ




 昨日わたしが寝ぼけて彼の寝顔に噛みついたのを理由に、わたしはいまさっきフられた。それもファーストフード店で、だ。なにもハンバーガーをかじりながら、傷めたおでこを苦々しげに触って言うことがあるだろうか。わたしだって、申し訳ない、とぐらい思っている。だけど、わたしはどうしてもファーストフード店で別れ話をされたことに納得がいかない。大好きなフライドポテトは一気に味をなくし、彼が去ったあと手を付けるとすっかりしなびていて、水ばかりを要求させる最下層の食べ物に成り下がってしまった。わたしはこうゆうことがあると、記憶とそのときに居合わせたものがリンクし、トラウマとして残ってしまう。だから、あんなに好きだったフライドポテトはもう食べられない。
 少し熱いくらいの空調は唇を乾かせる。リップクリームを出して、十分に塗りたくったあと唇に人差し指を押し当てる。わたしは潤った唇の弾力が好きなのだ。なんとなく、そのまま指を昨日彼を傷つけた歯に移動させる。上前歯の先に触れると、変な感じがした。それは下前歯に触れても同じだった。同じ妙な感覚だった。たまらなくなって、半分以上残ったポテトをゴミ箱に捨てて店を出た。マフラーをする程度には寒い、けれどコートを着るほどでもない、そんな木枯らしがわたしの脚をくすぐり過ぎていった。ぶるっと身震いして、閑散とした午前10時の駅前を歩く。廃れた市街地はあまりにもわたしをばかにしすぎている。お前にはこの辛気くさい街がお似合いさ、閉じたシャッターが風に軋んで笑った。
 歩けばいろんな想いがあたまを巡る。本当はなにも考えたくないのに、わたしは勝手に動く足に任せて二駅分の距離を歩くことになった。当然、彼のことを想った。やがて、加速度的に考えは熱くなり、飽和した想いははじけて涙をぽろんと流させた。そういえばさっきは、いやいまのいままでは、何年も付き合った彼に別れを告げられたとゆう事実に呆気に取られて、泣くことも忘れていた。こんなに好きだった、と言わんばかりに涙は干上がることを拒んで次から次へと溢れ出す。そのうち拭っていた手の甲はびしょびしょに濡れて使い物にならなくなって、わたしは垂れ流したまま、不思議と嗚咽は出ないから、無音で泣いた。泣きながら歩いた。すると次は、わたしはどんな夢を見て彼に噛みつく経緯に至ったのだろう、に思考が変わる。それに、彼は噛みついたぐらいで別れを告げるようなひとだったか。夢、夢? 噛みつく、夢? 犬、ライオン、すっぽん、ドラキュラ……。肉? フライドチキン? だれか教えてくれたらいいのに。
 着実に家へ近付く中、一向に答えは見つからない。なぜか、帰宅するまでに答えに辿り着かなければいけない気がして、焦りが余計に脳みその動きを鈍らせる。食べたいぐらい、好き、とかそんなの。だからって本当に噛み千切ろうとするはずがないだろう。やっぱり夢だ。夢ですべて納得できる。夢の内容からわたしは寝ぼけて彼に噛みついた。そしてわたしは、彼を傷付ける寝言でも言ったのだ。ああ、なんと愚かなことか、わたしも。彼も。
 とにかく、もう一度彼と話をしなければ。はあ、と大きなため息をついて顔を上げれば、数十メートル先にわたしのアパートが待っていた。
 鍵を回すが手応えがない。もしや、と思ってドアを開けると、案の定そこには彼の靴がきれいに並べて置いてあった。彼の几帳面な性格はこんなときでも変わらない。寒いキッチンを通り抜け、部屋に入る。待っていたのはあたたかな空気と彼だった。
「おかえり」
「……ただいま」
 荷造りでもしていたら、と過ぎった不安は、部屋の奥にあるテレビの笑い声が掻き消した。
「噛んで、ごめんね」
 彼は返事をしない代わりにテレビを消した。本来、部屋を満たしていた沈黙が途端に顔を出す。
「それだけじゃないよね……? わたしがしたこと」
「覚えてんの」
「ううん、ごめん」
 彼は目を泳がせて唾を飲んだ。頭をかいた。そして悔しそうな、やるせなさ滲む声で言った。
「お前……噛みつく前に呟いたんだよ。『ケンタ』って……誰だよそいつ」
 その瞬間、わたしは夢の内容を思い出した。
 イエス! ケンタッキー・フライド・チキン!


おわり





恋のおはなしを書きたくて。
でも、うまくいかない・・・(悲)
次こそ、とがんばってはみます。